100年企業創り

100年企業を目指す

経営計画は会社の成長を表したものですが、それは、そこで働く人達の成長の道しるべでもあります。

人は寿命が尽きるまで成長を続ける生きものです。
80歳で富士山の山頂より5000メートルも高いエベレストに登った三浦雄一郎さんや90歳、百歳で芸術家や料理家として活躍されている方々が周りに溢れているのが今の日本の姿です。

もちろん人間には寿命があり、必ずその最後の日を迎えますが、企業は100年を超えてどこまでも寿命を延ばすことができるという、不思議な力を持っています。
これは目先の事に追われる中小企業の経営者にとって大きな意味があります。
100年を超える企業は経済も政治も社会体制も、大災害や戦争の混乱も乗り越えていく会社です。
時代の変化は新しい技術やサービスや、商品を必要とします。そこで働く人々の仕事をつくり出し、お客も100年途切れることなく、関係者たちも100年繋がっていく事なのです。




長寿企業国ニッポン

日本は世界一の長寿企業国です。
企業調査会社によれば、100年以上の長寿企業は2万6千社。
全体の99%は商工業者が活躍できるようになった江戸時代以降の創業です。
江戸時代以前、業歴400年を超すのが140社。世界一古い会社は宮大工の金剛組で業歴1400年。2位と3位は温泉宿で、修行僧が温泉療法に使った宿坊です。
和菓子の虎屋やお茶の千家が500年、池坊は500年を超えています。
酒造りや味噌醤油の会社は600年。
発酵食品は長くなければ本物にならないのでしょう。
陶器や漆器の会社など、私達の周りには多くの長寿企業があります。

戦後創業した膨大な数の企業群は、最長でも業歴74年。30年後に100年企業の仲間入りをします。
YKKやホンダや京セラ、堀場製作所、良品計画などよく知られている企業が戦後生まれです。

現在の企業数は法人個人合わせて421万社で100年企業2万6千社を除くと418万社。その0.5%でも2万社が100年企業の仲間入りします。30年後は一気に倍増。長寿企業がこれからも生まれ続けます。




続けることを楽しむ

日本人は長く続けることに特別の意味を感じます。
お茶やお花や芸能、武道など、道を極め自分自身を高めていく事に意味を感じ、次の世代につないでいく事に懸命になります。

伊勢神宮は20年に一度、全く同じお社を、全く同じ技術で作りかえ、1300年前と同じ姿が目の前に活き活きと再現されています。その建築用材は樹齢200年まで育てる永い時間が必要です。一方で同時代の法隆寺は1400年立て替えることなく立ち続ける建築工法です。天皇制も記録に残っているもので1300年を超え世界一長く続いています。

続けることの価値は日本のあらゆる分野に及び経営にも浸透しています。
商工業の隆盛を迎えた江戸時代は家業の永続が最高レベルの経営課題でした。家業の存続は食糧や生活物資の供給を守るという社会的役割を担っていて、幕府も商工業者の取引の安定、永続を重要視します。

近年の世界企業で重視される、社会的責任や法令遵守、顧客満足などは、日本では永い歴史の中で創り上げられたものばかりです。

従業員を独立させる支援システムとして暖簾分けがありました。
独立するために必要な経験は、その現場で活き活きと能力を開発することが欠かせません。その成果は紛れもなく企業が得ることになるのです。

従業員の成長と企業の成長が一体化し、それが社会全体の成長につながった江戸時代は多くの産業や芸術が生まれた豊かな時代です。

長寿企業は、長寿企業になるために競争したのではありません。社会に必要とされる仕事を追求した結果、日本は世界一の長寿企業国になりました。




100年という時間

100年という時間は世の中が一変するほどの技術や製品が次々に生まれてきます。

今から100年前は大正時代。東京が壊滅した関東大震災後、東京は新しい都市づくりによって先端技術を駆使したオフィス街ができました。全国に各種の学校が整備されサラリーマン社会ができ、ガス灯が電燈に変わり、電化製品が生れました。ラジオ放送が始まり、自家用車が増えてきます。

産業は繊維産業から重工業へ。戦争による大空襲は日本中の都市と産業を破壊、物資や食糧不足と失業者が溢れ、占領政策による政治や教育、マスコミの言論統制はその後70年も続きます。一方でホンダやソニーが創業。石炭から石油へのエネルギー転換。海底トンネルや高速道路や原発が建設されます。積水ハウスなど住宅メーカーが生まれ、新幹線もジェット機もテレビもパソコンも携帯電話も、この100年間に出現しました。そして技術が新技術を産み出す相乗効果によって物凄い速度で進化していきます。

昭和30年代~40年代の工業発展による深刻な公害も、技術と法律によって解決されました。
オイルショックは多様な省エネ製品を産み出しました。バブル発生と崩壊、神戸震災、リーマンショック、東北大震災、原発事故。それぞれが社会に大きな

言論統制はその後70年も続きます。一方でホンダやソニーが創業。石炭から石油へのエネルギー転換。海底トンネルや高速道路や原発が建設されます。積水ハウスなど住宅メーカーが生まれ、新幹線もジェット機もテレビもパソコンも携帯電話も、この100年間に出現しました。そして技術が新技術を産み出す相乗効果によって物凄い速度で進化していきます。

昭和30年代~40年代の工業発展による深刻な公害も、技術と法律によって解決されました。
オイルショックは多様な省エネ製品を産み出しました。バブル発生と崩壊、神戸震災、リーマンショック、東北大震災、原発事故。それぞれが社会に大きな影響を与え、その解決に新しい技術が必要になっています。
そこに全国の420万社という巨大な企業群の活躍の場があります。

 




人間の寿命と企業の寿命

秀吉が開始した人口調査は徳川吉宗の時に全国調査になりました。300年前の人口は3000万人。平均寿命30歳。100年前は平均寿命40歳。昭和23年に50歳、その60年後は80歳です。人類の願望だった長寿社会はすでに日本で実現しています。

後は生き方です。人は自分で歩き自分の事は自分でできることが幸せなのです。それが生涯現役の姿でしょう。人生の完成に向けて日々の積み重ねです。

我が国には、高度成長期に一億総中流と言う言葉がありました。